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「続恐怖のオペ!! ~続開院までの道のり パート8」

「続恐怖のオペ!! ~続開院までの道のり パート8」

歯科口腔外科勝川オーラルクリニック
院長 山田 健久

21期同窓会

さて、久々の「恐怖シリーズ」復活です。実に4年以上ぶり、続新コラムといいましょうか、開院までの道のり、パート?ん、恐怖の…が7ですから「続開院までの道のり パート8」としましょう。もともと断片的な記憶をつなげておもしろおかしくして書いていますので「真実」とは言えません。
もし前回までの「道のり」をごらんになりたければバックナンバーをお読み下さい。実はこの原稿、なんと4年以上前に書いてパソコンに保存していました。最後まで書くのが面倒になり途中やりで放置していたわけです、と言いたいところですが内容が書きにくい出来事だったし衝撃的だったので筆が進まなかったということもあります。ただお蔵入りにするのもなんだし、いまだに「続編はまだか」と言うお声をいただいていることもあり完成させることにしました。その年月がたっていることを想像してお読み下さい。

今年(2011年)もあとわずか、月並みですが早いものです。当クリニックができてもう7年が経過しました。日々悩みの連続です。口腔外科の門を叩いて20年、当時の悩みとは別物ですがいつまでたっても自分に満足することなどありません。時代は変わり5年もたてば新しい治療法、考え方また新しい器械が登場します。自分の根本的なベースを信じ、常に時代の流れをよく見極めなるべく良いものを取り入れていきたいと思っています。
さて20年前にまた戻りましょう。前回のコラムでも触れたように、金田教授の手術はとにかく恐怖の時間でした。もちろん教授の担当でもご自分で全てを執刀されるわけではありません。ですのでわれわれフレッシュマンであるウンテンは、教授のオペに入れるだけでも本当はラッキーなのです。しかし当時はあまりそう思えませんでした。カルチノーマのオペ、以前書きました頸部郭清術などに入るとなればやはり緊張と憂鬱とがありましたが、それと似た恐怖のようなものを感じていました。しかし今回の恐怖の出来事は、先程の恐怖とはちょっと違うものです。間違いなく一生に一度の経験、他の誰でもめったに経験できないようなことです。これについてコラムでご紹介するかどうか悩みました。患者さんの名誉、執刀医の名誉等色々と考え、患者さんが特定されることはないでしょう、執刀医は当時の最高指導者であります、手術は大変難しいものでありました、20年以上が経過しています、これらは間違いのないものです。時効ということも言えますし本当にこんなこともあるんだと衝撃を受けたので記すことにしました。
さて前置きが長くなってしまいました。患者さんは舌のカルチノーマで頸部リンパ節転移の明らかな方です。手術を繰り返しているため頸部の瘢痕が著明でした。舌下神経のダメージもあり舌も動かず気管切開も既にしてありました。手術は反対側の転移したリンパ節郭清だったように思います。この方はご家族含め色々な問題があり、詳細は省きますが、担当医も特別気を使わなくてはいけませんでした。
細かい事は忘れました、何を目的にした手術だったのか、なんで手術をしたんでしょうね??手術側も瘢痕でカチカチ、おそらく頸部廓清をされた後だったのでしょうか、以前に全頸部廓清をやっていたら手術やることはないはずですから。部分廓清である上頸部廓清後だったのかもしれません。

さあそんなことはいいです、手術は全身麻酔後、金田教授、林助手(現第二日赤口腔外科部長)、私、と所定の位置につき(もしかしてもう一人いたかも?いたとしたら青木先生かな、記憶にない、すいません青木医員)私はただ教授が頸部を切って廓清していくのをど緊張しながら、泣きそうになりながら見守り、筋鈎をひき、そこの組織は全くなにがなんだかわからない部位をすすんでいきました。硬い瘢痕を切り開く感じで教授もやりにくそうでした。ただ結構大胆に大きなクーパー(はさみです)でガシガシ切っておられたようでした。
解剖学的には、だいたいその辺りに何々筋、何々神経というのがあるはずなんだが、という感じで見ていました、そこでふと林先生を見るとなんと、あのクールな林助手が、どんなことが起きても動じない林助手が、なんと泣きそうな顔で目が血走り、切り開かれていく頸部を「あーー、あっ、あっ、先生、あ~~~あ」と声にならない声でつぶやいておられるではないか!!んーこれはどんな感じか、いかん感じか!?術者は教授ですぞ、林せんせー!!と思うが先か後か、なんと!どーーーーーんと血が天井に届いて吹き上がりました!!天井どころか周囲にすごい勢いで出血です、教授の顔にも血が飛び散りメガネも血で見えなくなっていました。林先生も私も大慌てで押さえました、これは、これは!もしや、Carotis Communis (総頸動脈)かあー、林先生も「カロティスいったな、あまり押さえすぎるな、やべー」やべーと言ったかは覚えありませんが、そんな感じでした。と同時に血圧が一気にどーーーんと下がり(当然です)確か記憶では高めだった血圧が、40/20 ぐらいになったような、ほぼショック状態、麻酔医も大慌て、当日麻酔研修中だった新美医員(現中日病院部長)が大声で「木村先生呼んでえーーー血圧が、下がったーうーんと下がった!!」とインストラクターの麻酔科医を呼ぶ声ははっきり今でも覚えています。林先生はさすがにあせって止血を試みますが周囲組織は不明瞭でどこが出血点かわかりません。
破れた血管を探して縫わないと・・・どうしたら。と教授はなんと落ち着き払っているでは!?「ちょっときみいーー、メガネ拭いてくんない?」と介助ナースに。おーーーすごい教授!!さすが全く動じません。「林くーん、早く止めてよ」と。おーーーーーすごい!林先生を超超信頼しているのですね ><私たちはもう泣きそうになりながら止血を試みました。その時林先生が私だけに聞こえるように言った言葉は今でも決して忘れません。「おー、死んでまうぞ」と押さえながら…
それからは記憶があまりなくなっていまして、あまりにショックでか?少しずつ縫って縫って止血し、麻酔の先生も救急処置をされて血は止まった!!ことは確かです。
その後どんな手術をしたのか、何時間かかったかも定かではなく、でももちなおしてよかった!!と。あとは林先生もぐったり、どうなることかと思いましたね。その後のこともほとんど覚えていません、教授とのやりとりも、どうしてカロティスが傷ついたのかも、あまりに衝撃的で貴重な体験でしたのでもうどうでもよくなったのでしょうか。ただあの大出血が起きた時前後のことだけ記憶がはっきりしていたので書きました。
頸部の大血管から大出血する瞬間に立ち会う事などまずありえません。本当にすごい経験でした。本来はこのようにおもしろくおかしく書くことはだめです。これだけははっきりしています。単にフレッシュの時代にこんなことがありました、というだけです。道は続きます。

2016-08-17 11:19:00

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